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★英敏の宮古島参戦記! ★「やれることは何でもやろう!」★ついに初ロングデビュー★

★英敏の宮古島参戦記! ★「やれることは何でもやろう!」★ついに初ロングデビュー★

「えっ、当選?嘘だよね?」

昨年のクリスマスイブに宮古島大会事務局から当選のメールが届きました。申込倍率が高いと聞いていたことに加えて、提出した過去の大会成績も新島、館山、九十九里のオリンピックディスタンス3大会(しかもいずれも3時間を切っていない!)だけだったこともあり、当選するはずはないとタカをくくっての申込だっただけに、まさに晴天の霹靂でした。

ランはともかく、スイムとバイクについては常にレッスンの最後尾を争うような低レベルの自分が、昨年5月に新島でトライアスロンデビューしてから1年もたたないうちに、ミドルを飛ばして、スイム3キロ、バイク157キロ、ラン42.195キロの宮古島にチャレンジすることは誰がどう見ても暴挙でした。一時は「参加辞退」の4文字が脳裏を掠めましたが、まだ時間があるから大丈夫だよという励ましの声をいただき、清水の舞台から飛び降りる思いで参加料金を振込みました。

「やれることは何でもやろう!」

目標は制限時間13時間30分内で完走すること。シミュレーションすると、自分の遅いペースでもスイム1時間30分、バイク6時間30分、ラン5時間30分で完走できることがわかり、少しは気が楽になり、大会当日までやれることは何でもやろうと心に決めて練習計画を練りました。

まずはスイムです。1年前には100メートル泳ぐのもやっとという水準だったので、ともかく不安なくスタートラインに立てるようにと、ゆっくりでもいいので一度に長距離を泳ぐ練習に重点を置きました。年末の煩悩スイム(5.4キロ)にはじまり、スイム記録会(3.8キロ)、長水路でのペース練習(1.5キロ、3.8キロ)。スピードは相変わらずの遅さでしたが、回数を重ねる毎に長く泳ぐことにも慣れて、徐々にですが自信がついていきました。

バイクは最も苦手な種目です。平井大橋や新木場のレッスンでは常に最下位をキープする状況で、時速30キロでの巡航など夢のまた夢。おまけに風や登り坂にめっぽう弱く、このままでは風やアップダウンのある宮古島のコースでは撃沈必至だったので、一番力をいれました。

まずは機材の見直しです。カーボンホイール、チューブラータイヤを購入し、スプロケットも歯数の多いものに交換しました。あまりの貧脚のせいで劇的な効果は得られませんでしたが、金銭面ではやれるだけのことはやったという安心感は得られました(笑)。

練習では自分を追い込む自信が全くなかったので、青トラの伊豆大島と千葉の合宿に参加するとともに、バイクショップの走行会や合宿にも参加しました。練習の成果もあって遅いながらも長い距離も安定して漕げるようになりましたが、首の痛みのために風の強い宮古島ではマストのDHポジションを長時間キープすることができないまま本番を迎えたことは大きな不安材料でした。

ランはもともと好きな種目で、10月からハーフ4回、フル1回とこまめに大会に参加し、1月末には高低差がある館山マラソンでサブフォーを達成しました。バイクの関門にさえ引っ掛からなければラン勝負で完走できるかもしれないという目算を立てることができたのは良かったです。

2月末には実戦感覚を養うために久米島トライアスロンに出場しました。スイム2キロ、バイク46キロ、ラン20キロと自分にとっては初めてのミドルでしたが、暑い中にもかかわらず余裕で完走できたことは自信になりました。

「とうとうスタートラインに立つことができた!」

宮古島には青トラツアーで金曜日早朝に羽田を出発しました。経験者の方からいろいろな情報やアドバイスをいただいたのは本当にありがたかったです。レンタカーでバイクコースを下見したあとに選手受付を済ませ、ワイドーパーティーに参加しました。トライアスリートの熱気に溢れるお祭りムード満点の雰囲気に触れて、今回無理して大会に申し込んで本当に良かったと思いました。

土曜日にはスイム・バイク・ランを軽く練習し、緊張感も徐々に高まって来ました。大会当日の日曜日は5時にホテルを出て、真っ暗な中、懐中電灯の明かりを頼りにスタート会場の東急ホテルに歩いて向かいます。

夜が明けたばかりのビーチで1500人もの選手が一同に会する光景は壮観でしたが、遥か遠くに霞む折り返しのブイを見ると緊張のあまり胸が高鳴ります。「必ずゴールに帰ってくるぞー!ワイドー!(宮古島の方言で頑張るぞーの意味)」と全員で鬨の声をあげ、アドレナリン湧き出てくるのを感じながら、7時にスイムスタート。

バトルを避けて後方から入水したものの、往路は思ったほど集団がばらけず、常に人が周りにいるようなストレスのかかった中での泳ぎだったので、呼吸のペースを一定に保ちながら、安定した泳ぎの人を見つけてドラフティングしていくことを心がけました。スイムアップは1時間9分と予定より20分も早く、これはいけるかもと少し明るい気持ちでバイクにトランジットしました。

バイクは伊良部島、池間島、来間島を巡りながら宮古島を1周半する、アップダウンのある157キロのコースです。練習でもこんな長い距離を一気に走ったことがないのでともかく時速25キロのペースキープが最優先です。後続の選手におもしろいように抜かれて行きますが、ともかくランまで足を残すことが先決なので粘り強くペダルを漕ぎます。

120キロあたりまでにはDHポジションにも慣れ、予定通りのペースで走ることができましたが、来間島を過ぎてから強い逆風になり、足の疲れもあってスピードが急激にダウン。そこからゴールまでの35キロが本当に長く、何度もバイクから降りようかと思いましたが、なんとかバイクをフィニッシュしました。

「念願の完走まであとわずか!」

バイクフィニッシュの時点でゴール制限時間まで残り5時間40分。普通であれば問題なく完走できるペースでしたが、いかんせんバイクの後でどれだけ足が残っているか皆目わからず、「本当にこれからフルマラソンを走れるのか?」と不安いっぱいの中でのランスタートでした。ともかくキロ7分のペースをキープしようと心に決めて走り出します。

最初は足が思うように足が動かず、気ばかり焦りましたが、2キロ毎に設置されているエイドステーションでこまめに給水・給食していくうちに徐々にペースがつかめるようになりました。すれ違う青トラメンバーとのハイタッチや途切れることのない沿道からの応援にも元気をもらい、10キロ地点からは快調に走ることができました。

折り返し地点を過ぎて、宮古市街に戻って来た頃にはあたりも暗くなってきましたが、完走を目前にして気持ちも盛り上がりペースもキロ6分にあがります。ナイターに照らされた陸上競技場の門をすぎると、フィニッシュゲートはもう目の前。12時間44分と予定を大幅に上回るタイムでの万感のゴール。朝7時のスタートから本当に長い1日でしたが、当選メールをもらってからの4ヶ月間の練習が報われた嬉しい1日でもありました。

宮古島はトライアスロンを始めてからいつの日か参加したい憧れの大会でしたが、デビューしてから1年もたたないうちに、53歳で完走できるとは夢にも思いませんでした。今、考えてみると「やれるだけのことはやった」「大会を楽しもう」という気持ちでスタートラインに立つことができたのが、良い結果に繋がったと思います。

フェイスブックで練習をアップするたびに、関口さんをはじめクラブのメンバーから励ましやアドバイスをいただいたのも本当にありがたかったです。残りシーズンは本来の実力に見合った、バラモンBと佐渡Bに参加する予定ですが、これからも長くトライアスロンを楽しんでいきたいと思います。


posted by 2016.05. 5 | メンバー

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