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9月30日横浜トライアスロン世界大会に出場してきました。
青トラに入会して早1年。
2011年9月の昭和記念公園でスプリントに参加してからトライアスロンにすっかりはまってしまい、今年は4月の石垣島から9月の横浜までアクアスロン含め5つもレースに出ていました。
練習が本番のようなレースを繰り返していましたが7月の七ヶ浜以降レースが無く、そのころから練習が楽しくなってきました。
今まではただ言われたメニューをこなしていましたが、
フォームを意識したり、前回の練習と比べてみたりと自分で考える練習ができるようになると、人からうけるアドバイスの受け方も変わり、練習が好きになりました。
9月の横浜は昨年、熱中症の方が出たと聞きましたし、海もあまり綺麗でない、バイクはテクニカルでタイムが出づらいと聞いていましたので、あまり考えず楽しめればいいかなと思っていました。
前日登録が必須だったので自走で横浜まで行きバイクを預け、その日は帰宅。
朝始発で向かい、スイムキャップを受け取り、色々しているとあっと言う間にスタート。
スイムは初めてのフローティングスタートでした。
113人一斉スタートですが、女子だけなのでバトルもそんなに激しくなく程良くバラけました。
心配していた気温も始まる頃にはフルのウェットだと暑かったですが、さほど気にならず。
海も思っていたより綺麗で、波は全くなく泳ぎやすかったです。
ただ途中から前後と間が空き、一人で泳ぐこととなりかなりだらけてしまいました。
タイムはあまり良くなかったです。
バイクはフラットでカーブが多い1周6.6キロを6周。
以前はランがあるからバイクではあまり頑張らずに足を残しておこうと考えていましたが、あまり後先考えずに乗ったほうが、どうせランは辛いのだからと思い切りペダルを踏みました。
今までのレースではバイクで人を追い越すことなんてなかったのですが、今回はコーナーの立ち上がりでかなり力を入れて漕いだので、追い越すことができて面白かったです。
応援の方もかなり沢山いてくれたので、40キロが短く感じ、もっと乗っていたいと思えるほど楽しかったです。
苦手なラン。4キロを2周半。
ランだけはどうしても苦手意識が強いので、あまり楽しくはなかったですが、それでも応援の方が沢山いてくれたので、走り切れました。
気温が少し上がってきましたが、女子はスタートが早いのであまり影響はなかったです。
途中2周半の半周が分からなくなってしまい、後何キロ何だろうと考えてペースを落としてしまったので、ゴールだとわかった時だけ猛ダッシュ。
もう少し早く走れたと思うので、反省です。
結果として今までで自己ベスト。そして年代別で1位を頂きました!
私の年代女子は本当に参加者が少ないのですが、1位は本当に嬉しかったです。
暑い中沢山の方が表彰式まで付き合ってくれて、祝ってくれたことが何よりうれしかったです。
今回の横浜は都内に近いこともあり、青トラメンバーの参加者、応援に来てくれた方がとても多く、仲間がいることのありがたさを改めて感じました。
朝早くから場所を取ってくださり、沢山の声援、本当にありがとうございました!
今シーズンは残すところあと1つなので、また来シーズンに向けてメダルを取れるよう頑張っていきたいと思います。
9月30日、品川区、港区トライアスロン連合共催でチーランニングセミナーを開催しました!
5月に品川区トライアスロン連合発足以来、ようやくではありますが、無事主催者としてイベントを開催することができました。
この場をお借りして、ご協力いただいたみなさまありがとうございました。
さてさて、今回のセミナーのテーマは
ここ最近、トライアスリートの間でも浸透しつつあるチーランニングについて。
講師は日本で唯一のチーランニングインストラクター中島貴裕さん。
重力を利用して、楽に効率的に体を使うという走法はトライアスロンにぴったりですね。
定員を上回る28名のみなさまにご参加いただき、なんと小学生姉弟トラアスリートの
おふたりもご参加くださって、嬉しい限りでした。
前半は座学で理論を頭にいれ、後半は外に移動しての実践。
メソッドを習得すべくドリルをこなし、最後はみんなで実走。
足運びが何だか軽やか!
走りの変化、確かに感じました。
参加者のみなさまにも短時間で走りの変化を感じでいただけたようです。
パワーだけ走り切れるのは20代まで。
ある程度歳を重ねてからは
体を上手に使うスキル、テクニックを身につけることが
怪我なく、長く、楽しく、ランニングを続けるコツだと思います。
そのテクニックのひとつとして、チーランニングはとても有効だと思います。
もしご興味ありましたら、また青トラ主催でイベントを
企画しますので、ぜひご参加くださいませ。
インストラクターの中島さんも都内中心にワークショップを開催されているようですよ。
最後に、ご参加いただいたみなさま、どうもありがとうございました。
次回はイベント後に親睦会を開催して、さらにみなさまと
つながりを深められたらなと思っています。
福嶋みゆき
会員番号 No,108 中澤 隆(りゅう)です
9月30日(日)に横浜の山下公園で開催された「2012世界トライアスロンシリーズ横浜大会」のパラトライアスロン部の視覚障害者クラス(TRI-6)で見事、優勝することが出来ました!!!
4月に館山で開催したパラトライアスロン大会は、スイムが中止となりディアスロンになってしまったので、今回がトライアスロン初挑戦でした。
アクアスロン大会には出場した事はありますが、正直スイムが不安で不安でしょうがなかったです。
750mは泳げるけど、心拍が上がりすぎてトランジッションまで行けないかもしれないなど不安が一杯でした。しかし、ガイドの原田コーチからいろいろとアドバイスを貰いました。「中澤さんは、最初は早いけど後の方で失速するので、最初からゆっくりと自分のペースで行って下さい」それを聞いて安心しました。
大会前日のエリート戦を見るために、前日の朝から現地入りしました。大会会場は大盛り上がりで、ちょっとしたお祭りに感じました。エリート女子、男子のバイクとランを横から青トラメンバーと応援してると、明日この場所で走るんだと思い、少し緊張してしまいました。
競技説明会は「大桟橋CIQプラザ」でおこなれました。パラの説明会では、なんとITUの会長、マリソル・カサド氏が来ていました。競技説明の後、ITU会長の会見となり、ITU会長は「パラリンピックでの開催は決まりました。これは、ITUにとってとても重要なことです。リオデジャネイロでの開催状況が、トライアスロンがパラリンピック競技として定着するかどうかを決めるでしょう。開催のためには、IPC(国際パラリンピック委員会)が求める基準をクリアする"クラス分け"の整備、公平なルール作りが必要です。」と語った。まずパラリンピックの種目として定着させたうえで、オリンピック・パラリンピック両大会にも出場できるような競技力のあるアスリートを育てることが将来的に
重要だといった。これを聞いてますます「リオ」に行きたくなりました。
宿泊先は池田さんが用意してくださった「ホテル横浜ガーデン」です。1人1部屋で、この部屋が広くてベットが2つもあり、明日の用意をするのに凄く良かったです。夕食も池田さんが予約してくださったホテルの中華料理でした。オーダーバイキング形式、みんなで食べました。料理は、これでもか、これでもか、と言うぐあいに約20?30品は食べたと思います。どれもこれも、美味しく頂きました。
やっぱし、フカヒレの何とかスープが1番でしたね。池田さん、ありがとうございます。
部屋に戻り、明日の用意などして寝たのが11時頃でしたが、大会前夜なので、なかなか寝付けずに寝たのは2時頃。
次の朝から分刻みで行動でした。4時30分に起床。食事したのち、5時15分から原田コーチの部屋にてローラ台でアップを15分と、朝から汗だくです。それから会場に行き、バイクをトランジッションに置いて、いろいろ用意しているとあっという間に試泳の時間になんてしまいました。
試泳の時間も短く、全然アップ出来ないと思いながら、スタートセレモニー。
スイムのスタートは水中からでした。1番不安のスイムがスタート。自分のペースで焦らずにと思いながら泳ぎました。伴泳の方法は、足首に伴泳用の紐を結び、方向を変える時は原田コーチが自分の手を押して方向転換しました。
イーブンペースでスイムアップし、トランジッションまで約400mの道。この400mが一番の見せ所になるので、頑張っちゃいます。この時点で順位は、TRI?6で2位。バイクのコースはテクニカルで右行ったり、左行ったり、Uターンしたりで、直線があまりなぐスピードが出せる所が少なかったです。タンデムバイクでは、慎重にカーブを曲がっていました。原田コーチ言うには「館山の道より広いので走りやすい」との事でした。
バイクで何人かを抜いて、ランへ。この時点でTRI?6で1位。ランのコースもバイク同様にあっち行ったり、こっち行ったりでした。最初の方は苦しくて、なかなかスピードが出せませんでしたが、後半でスピードに乗る事ができ、ラストスパートでゴール!!ゴールフィニッシュ前のジュータンのフワフワは、何故かダッシュしちゃいます。後で結果を見たら、ランは自己ベストで自分でも驚きです!!!
最後になりますが、今回トライアスロン初挑戦で優勝が出来たのは、キッカケを叶えてくれた「関口さん」そして、ガイドして頂いた「原田コーチ」さらには、いろんな所で私に手を貸してくれた「青トラメンバーのみなさん」本当に、本当にありがとうございます。
私達、視覚障害者は誰かに助けて貰わないと競技はできません。だからこの優勝は、みんなで勝ち取った物だと言って良いと思います。毎回言ってますが、2016年リオパラリンピックを目指して一歩、一歩、頑張って行きますので、宜しくお願いします。